ゼネコンが下請けの提供する「人力」で儲け、下請けはゼネコンを上部とする縦の系列社会で自らの生き方を失っているという構図はあるにしても、総額契約による現実的な利点がないわけではない。公共事業は元請けが発注官庁と工事全体の総額契約で受注し、工事全体の責任と権利を保有するが、下請け企業、とりわけ下請け、孫請け企業で働く労働者にとってのこのシステムによる利点は、労災事故が起きたときの保証であろう。これは賃金の率に応じてゼネコンがまとめて労災保険を掛けているからである。
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仮に入札方式と総額契約方式を私が主張するように、個別の工事毎のやり方に変えて小規模の建設業者でも受注できるシステムに変わった場合、果して小規模業者がスムーズに労災保険を掛けているのか、健康保険や失業保険さえ満足に掛けられていない部分もある末端の現実ではおぼつかないだろう。したがって、下請け業者の本質的な権利もこうした企業としての義務とも表裏一体ということになる。建設業の末端下請けには企業としての苦しさの余り、自らの働き手に対してもその苦しさを強いてはいないかと思う。建設産業のこうした構造をとらえて「建設一家」という言い方をするが、これには二つのパターンが考えられる。一つは建設省および「建設族」を自認する利権政治家グループや最近の傾向である地方自治体首長の利権行政屋を含めたもの、もう一つは大手ゼネコンを長とした末端下請けにいたる産業構造をとらえてのものである。いずれにしても、こういう支配・被支配のしがらみを無視した批判は、何一つ得るものがないと思う。